今日は結婚記念日。19年だか20年目。
「今年のイベントは入籍年をはっきりさせること!」と高らかに宣言してみたものの役所に行く時間がなくて未だ不明。せめて入籍を祝日にしといて正解だったわー。相変わらずです。
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それまで結婚について一度も考えたことがなかった。「する」も「しない」もなく、それ以前の話。恋人がいれば目の前の幸せや不安で精一杯。恋人がいなければ相手のない未来など考えられない。だけどそれは突然やってきた。
友人と呼ぶには距離のある人。その人と交際開始から二週間後に同居、二ヶ月後に入籍、というスピード婚をやってのける。
私が結婚を決めた理由は一つ。彼は、私にはない考え方を持つ人だったから。価値観が同じ、なんて私が持っているものを求めてどうする。共感なんて一瞬でいい。素早く手放しておかないとロクなことがない。などと改めて思うような私は共感が大好き。相手を歪め、自分を歪めてまでも「同じ」にしがみつこうとするような奴なんだよ私。
彼の口から出る言葉。それは肝に近い部分になると決まって「それ違うんじゃないの?」と反発できるほどもわからなかった。小学生が使うような単語で構成された言葉の意味がまるでわからない。何言ってんだ、こいつ。でもそんなところが好ましく思えた。
そうはいっても簡単ではない。「何が言いたいの?」「わかるように説明して?」そう食い下がっても、「言葉通りだよ」で終了。そりゃないぜ!とキャンキャン吠えてもみたけど、その「わけわかんない」を捨て去るほど傲慢でもなく、時々思い出しては考える。小学生にもわかるような極々ありふれた言葉に潜む意味。辞書をひいても、ネットで検索しても、出てこない彼の意図。
そしてピースが揃ってストンと腑に落ちた時、それらは私が楽に生きるためのキーワードだとわかった。十年近くが過ぎていた。
「あの頃さ、わざと説明しなかったでしょ?」
「当たり前でしょ」
…テメー、ドSだろ。
けどまあ、五年、十年という単位で考えたり、見守り続けたり、お互いに似ているといえば似ている。のんき。今では彼の言葉の大半を理解できる。本人以上にわかっている部分もある。でもね、油断ならないのがこの人。
夫は変わり続ける。
私も変わり続ける。
先のことなどわからない。「こうくるだろう!」と想像しては裏切られる。期待しては期待はずれを繰り返す。そのたびに私の想像力の狭さを痛感する。でもそういうのが嬉しくて楽しい。結婚してよかったな、なんて思う。